転勤族は老いゆく親とどう向かい合うべきか?最後まで後悔は消せない

わが家は転勤族で、今住んでいる地域は実家から車で3~4時間ほどの距離です。

乗換がうまくいくと、電車だったら4時間くらい。

子どもが大きくなるにつれて、私も年をとるし、私の両親も年をとる。

老いていく親に、転勤族の私は何をしてあげられたのか。

こういう後悔も含めて転勤族ということなのかもしれないけど。

スポンサーリンク

転勤族と高齢の親。私はどうするべきだったのか今も分からない

少し前に、実父がなくなりました。

遠方に住んでいる私は、毎日の面会なんてもちろんできず、週末に帰省しては少し顔を見てまた帰るという日々。

日々の変化も分からず、病院への送迎や父の看病もすべて姉まかせ。

最期をみとることもできず、ほとんど何もできないままで葬儀をむかえました。

父が亡くなった日のこと

病状が悪化し始めたのは、亡くなる1か月前のこと。

今までの「また家に戻れるって!」という雰囲気ではない入院でした。

そのころから、母と姉は毎日病院に行き、病院食がのどを通らない父が食べられそうなものを持って行く日々。

面会時間ギリギリまで病室にいることも多かったようです。

私たちといえば、遠方に住んでいるので会いに行けるのは週末のみ。

片道3~4時間かけて帰省して、お見舞いをして日曜日の夜にまた戻ってくるという生活でした。

離れている分、週末くらいは会いに行かなければという気持ちの反面、数週間それが続くと、子どもも私もだんだんと疲れてきていました。

子どもに関しては、担任から電話連絡がくるくらい。

「最近様子がおかしく、ぐったりとしていることが多いんですが、何かありましたか?」

金曜の夜に帰省して、日曜の夜に戻ってくるという生活は、子どもには大きな負担だったよう。

「じゃあ今週は、金曜には帰らずに土曜の昼に帰ろう。そしたら土曜の朝はゆっくりできるもんね。」

スポンサーリンク

そう言っていて、訃報が届いたのは土曜の昼前でした。

転勤族だから、ではないと分かっているけど

「○○してたらよかった」「○○ができればよかった」

こういう後悔は別に、転勤族だから大きくなるわけではないってことは分かる。

ですがこの先、いつか必ず訪れる母の不幸の日。

同じように最後をみとることができず、同じように後悔を残してしまう気がしてならない。

今はまだ車で帰られる距離だからいいけど、もしもっと離れてしまったら。

気軽に帰省できない地域に辞令が出てしまったら、もっと後悔を残すことになるだろう。

別にこういうのって、転勤族だからっていうわけではありません。

今や核家族の方は多いですし、実家から離れて住んでいる方もたくさんいます。

ですが、将来の居住地が不明確なこと、そのため親との同居がしにくいこと、転勤族は親との向き合い方が、かなり限定されてしまうような気がしてしまいます。

転勤族と結婚したんだから我慢しろよって思うかもだけど、若いころにこんなことまで想像できないっつーの。

転勤族は高齢の親とどう向かい合うべきか

私は父母の娘であると同時に、子どもたちの母親でもあります。

母が一人でも寂しくないようにできる限りのことをしたいと思う一方で、子どもたちがよりよく暮らせるようにしたいとも思います。

・実家に帰ると、子育て環境が今よりも格段に悪くなる

・でも実家近くに住んで、親の老後を見たい

・これ以上実家から遠くに離れるのは嫌だ

単身赴任でも余裕で暮らせるほどの財政状況ではないし、母のことも気になるし、子どもの環境も重視したい。

姉がそばにいるんだから、安心して任せるべきなのか。

でもそれって、自分の親なのに無責任じゃないのか。

いまさら仕方ないけど、転勤族じゃなかったら全部解決するんじゃないのって思ったりもする。

家族と親の最大公約数的な幸せを考える

どちらかを大きく犠牲にして、どちらかだけを考えることは良くない。

誰かに無理をさせて、私のエゴを満たすのも良くない。

まだまだ元気な母を見ていると、何も考えなくてもいいんじゃないかっていう気がしちゃうけど、本当はそうじゃないことも分かってる。

みんなが一番、満足できる環境を考えねばと思ってるとこ。

スポンサーリンク

スポンサーリンク

スポンサーリンク




%d人のブロガーが「いいね」をつけました。